アコギFUNクラブ #58(ゲスト:ZAQ)現地観覧雑レポ

帰宅してアーカイブ配信見つつメモ。

会場は浅草花劇場2Fホール。19:00列整理19:30入場だった。次行くときは19:00ぴったりでも問題なさそう。

まさかの最前列の座席確保。両隣も空いていて夢みたいな良席だった。

冒頭、鷲崎内田入場シーンは配信ではカット。上演前にかかっていた謎のおしゃれな曲をクサす鷲崎さん。

1曲目いきなり『「I Love You」のある世界』。最近聴き込んでたので大感動。嬉しさで開幕からニコニコ。これだけで来た価値があった!

配信コメント見て思ったけど、音響滅茶苦茶いいなーーー。

トークパート。LINEで長文の沢村ガールの感想を送るゆーまさん。そんなこったろうと。

会場入場時、酒が飲めないからと配られていたりんごジュースを演者も飲んでいた。私は麦茶頂いたので、りんごジュースにすればよかった……

コロナを経て、共演者のライブイベントにたくさん参加するようになった、という話題に。DIALOGUE+のライブ、中村繪里子先生と一緒に楽屋挨拶に行ってたのか!

2曲目、最近恒例の新曲シリーズ。タイトルは「明後日の彷徨」?

相変わらずの気持ちいいライムの乗った歌詞。しっかし初見でちゃんと合わせてくる稔さんすごいな。稔さんの目の前の席だったので、途中ずっと稔さんの足元手元に見入ってしまった。

トークパート。冒頭いきなり「鳥人の顔」をする鷲崎さん。なんで観客笑わないのよってゆーまさんに突っ込まれたけど、配信じゃないとあれは聞き取れないって!w

3曲目も新曲。これは正直ハマらなかった。タイトル不明。

ZAQさん登場。 #ZAQかわいい

話はアコギFUN初期に出演したころに転がる。登録したのは一年ちょっと前からなので、アコギFUN初期企画が「適当にギター引いて歌う」というコンセプトだったというのは初耳。

度の入っていないカラコンで歌本をにらみつけるZAQさん(当時)。アコギFUNきっかけで度を入れるようになったらしい。

今回の選曲テーマは「ZAQの原点(Geng-Teng)」。香港(Hong-Kong)と同じ発音w

ZAQ1曲目。スキマスイッチ「奏」。サビ聞いてなんの曲かわかった。しっとり原曲キーで歌い上げるZAQさんかっこいい。ゆーまさんが卵型の楽器?をニコニコで鳴らす人でちょっとおもしろかった。

トークパート。「原点(Geng-Teng)」の言い方でオチる。稔さんの設備の充実具合よ。

2曲目は荒井由実の「優しさにつつまれたなら」。プ、プロ歌手だこの人!

トークパート。シティポップを歌ってきた荒井由実らしからぬ、キメがほとんどない「優しさにつつまれたなら」。キメだらけのアニソン作ってるヤツは馬鹿かというユーミンからのメッセージと受け取る鷲崎・ZAQ w。そしてやっぱり「原点回帰」でオチるw

ここのトークが一番おもしろかった。稔さんがポロッと言った「ベース館の殺人」が今回イチのおもしろポイント。水ヨナ的な愉快トークで、時間があったらもっとこの話題掘り下げてほしかったw

3曲目。茅原実里「詩人の旅」、知らない曲。とにかくZAQさんがかっこよかった。ZAQさんがオーディションの勝負曲として歌っていた曲らしい。

4曲目。阿部真央「戦いは終わらない」、これも知らなかった。個人的ZAQさんのベスト。現地で聞き入っていってしまった。そして世界一意味のないツインギターw 鷲崎さんの無意味にかっこいい顔よ。

5曲目「月のワルツ」。これも知らない曲だった……知らない曲をたくさん知れるのも醍醐味なのでよし。みんなのうたで放映されていた頃の映像がいいよーと聞き調べたら監督「いしづかあきこ」!?

トークパート。みんなのうた・校歌・プリキュアに楽曲提供するのが夢らしい。鷲崎さんは昔「おかあさんといっしょ」に「オー!ことわざソング」の作詞提供している。

6曲目日常EDの「Zzz」。かわいいいいいー

ED。配信はZAQさんが退場するところまでだったが、その後鷲崎さんが前に出てきて「おまけはないよ、速やかな退場にご協力お願いします」と声がけがあった。しかたないかーーーー。

というわけで、大満足の初現地アコギFUN。宣言出てなきゃ来月も行きたいなー。

「推し」が消えること

2022/01/13 24時放送の木曜ヨルナイトで、鷲崎さんが推しである「虹のコンキスタドール的場華鈴さんの芸能界引退宣言について語っていた。

的場華鈴さんに見ていた理想と、それが終わることの受け入れ難さ、だがそれを徐々に受け入れなければならない。そんな今のぐちゃぐちゃな感情を、ぐちゃぐちゃなまま語りとして出力されていた。

ゲストで出演されていた南條愛乃さんのfripside卒業とも重なり、木ヨナ屈指の番組前半トークだったので、是非見てほしい。


私にとっての「推し」はなんだろう。

今の「推し」は間違いなく「鷲崎健」さんだろう。出演されているラジオの8割くらいは聞き、アルバムを集め、ヨルナイトの面白かった回を何度も見返す。今後もまだまだ鷲崎さんのトークを聴けるはずなので、しばらく「推し」との別れはないだろう。

私が過去「推し」ていて、今はもう見られないものの代表は、やはり「GARNET CROW」だろう。

人生で初めてCDを買ったのはGARNET CROWのアルバムだし、長らくTwitter上で付き合いのあるフォロワーの多くはGARNET CROWファンだし、中学高校時代一番聴き込んだ曲はGARNET CROWのHoly Ground。間違いなく自分の性格形成の根幹にある「推し」アーティストだ。

GARNET CROWが解散を発表したというニュースを見た時の状況は今でも克明に覚えている。中2の時、2階の自室にてニンテンドーDSi内蔵ブラウザ(!)でYahooニュースを見ていたら、突然トップに映し出された解散の一報。そのニュースを見たのはちょうど晩飯前で、なんとか誰かとこの感情を共有したかったが、親に話すのはなんだか毛恥ずかしく、その話をできる友人もおらず。しばらく情緒を整理できないまま過ごしていた。

当時中学生だったということもあり、解散ライブには行けていない。そのせいか私のGARNET CROW熱は解散後も冷めることはなく、高校時代にラブライブにハマるまではGARNET CROWの曲ばかり聞く日々だった。GARNET CROWという物語が終わったことの区切りを、いつまでもつけられていなかったのだ。

葬儀は見送られる人のためではなく、見送る人が気持ちの整理をつけるためのものなのだなあ。


「推し」の終わりは悲しい。だが、推しの終わりを悲しみ、終わりを受け入れがたく思い、時が流れ新たな「推し」を見つけるというその一連の感情の動きは、強く思い出に残る。

「推し」の終わりと向き合うことそれ自体も、人が誰かを推すことの醍醐味なのだと思う。

いわゆるアニラジについての雑考 その1

購入したのは随分前なのだが、「別冊声優ラジオの時間 ラジオ偏愛読本」というムック本が非常に面白かった。

小野大輔藤田茜加隈亜衣・小林千晃・松嵜麗中村繪里子洲崎綾らラジオ好きで知られる声優さんたちに、リスナー視点で自らのラジオ愛を語ってもらうという本。声優さんたちの間で「霜降り明星のANN」が流行ってるってのはマジだったんだなーとか、青木佑磨(声優じゃないじゃん!)さんは本当に世界一の鷲崎フリークだなーとか、松嵜麗さんの小松まなみさんへの入れ込み具合とか、「ラジオ」というテーマを通してでないと聞くことの出来ない声優さんたちのトークが読めて、コアなアニラジリスナーならまず間違いなく楽しめる一冊だろう。

私は、この本を鷲崎健さんと洲崎綾さんの告知ツイートで知り、「藤田茜・青木佑磨・洲崎綾」とよく聞くラジオのパーソナリティ達のインタビュー記事が載っていることに興味を惹かれ購入した。彼女らのインタビュー記事は期待通り面白いものだったのだが、通して読んでみて一番興味深かったのは「伊福部崇を囲む会  声優ラジオの過去・現在・未来」というコーナーだった。

今回は、このコーナーで語られた話題を軸において、私の思うアニラジについて語ろうと思う。長くなりそうだったので、タイトルに「その1」と付けたが、別にその2、その3の計画があるわけではないので悪しからず。

アニラジのファンクラブ化

伊福部 正直。地上波のラジオってもともとは垂れ流しにしていて、偶然耳に入ってくるのが基本だったんですけど、それはもうなくなっていて。radikoの普及で、アニラジの方法論である「選んで聞く」という形に地上波もなってきていると思うんですね。


伊福部 アニラジや声優ラジオってファンクラブ的な要素が絶対的に大きくて。(中略)リスナーはそんなことを分けて聴いてないので、その人さえ使っていれば、どんなにクオリティが低い番組でも、好きな人は好きなんですよね。

村上 声優さんのファンからすれば、ファンクラブっぽい方がよくて、ラジオっぽい面白さなんていらないって場合もありますからね。

伊福部 クライアントだってありますよ。「面白くしないでください」って言われることもありますから。ニュアンスが近いことという意味でいったら、半分くらい言われます。「可愛いセリフを言うコーナーに変えてください」って。作品者はそういうことが多いです。

アニラジに出演する側の話はこれまで何度か聞いたことがあったが、作る側の話を聞くのはこの本を読むのがほとんど初めての機会。こう考えているのかーと素直に関心してしまった。

アニラジのファンクラブ化」。まさに。アニラジ・声優ラジオはその作品・人のコアなファンが行き着く一番深い居場所だと思うし、そういう場所だから、面白さよりファンが喜ぶことを求められてしまうというのは事実だろう。

アニラジのファンクラブ化が一番著しく出ている番組は「エジソン」だと思ってる。文化放送の地上波土曜21時から2時間というこれ以上ないいい枠をもらっているのに、ゲストが告知で持ってきた作品を深く掘り下げるわけでもなく、なんだかよく分からない大喜利コーナーで愛想笑いが起きておしまい。ファンからすれば、若いゲスト・若いパーソナリティが大喜利コーナーで恥ずかしがったり、可愛いトークをして満足なんだろうが、ラジオとしては魅力を感じない。

現パーソナリティの高橋ミナミはこういう構成の番組もそつなくこなせてしまう実力があるので、番組としての形式は保てているが、アニスパを終わらせてまで始めた番組がこれか……と思ってしまうのは私だけじゃあるまい。特に前後で放送しているキミまち、こむちゃがラジオとしての面白さも持った上でアニラジを成立させている分、エジソンのお粗末さは際立って感じる。

ラジオ筋が既に十分鍛えられている男性パーソナリティを捕まえてきて、新番組始めてくれないかなー。

エジソンへの愚痴はここまでにして。

アニラジリスナーはインターネット・SNSに明るい方が多く、サブスクリプションへの抵抗も小さい。加えて、芸人ラジオと比べて視聴者の絶対数が少ないため、スポンサー収益も望めない。

なので、ラジオを「ファンクラブ化」してしまい、会費やイベント・グッズの収益で採算を取っていこうという方針は間違っていないと思う。だが、今その方針を続けていくにあたって大きな問題が立ちふさがっている。

アニラジの配信プラットフォーム老朽化問題

ファンクラブとしてアニラジを続けていくにあたって、今アニラジが抱えている一番の問題はこれだろう。アニラジは、ラジオ業界の中でいち早くインターネット配信を取り入れて、各社が独自のインターネットラジオ配信プラットフォームを立ち上げていた(黎明期のアニラジの知識は人伝いでしか知らないが)。

そういう時代で生まれ、今も続く代表的なプラットフォームが「文化放送 A&G+」や「響ラジオステーション」「アニメイトタイムズ」「音泉」だろう。

また、ニコニコ動画ニコニコ生放送で配信していることが多いというのも、アニラジの特徴だろう。

これらのプラットフォームは、正直いって時代遅れだ。

音泉は、ユーザーの意見を取り入れて頻繁にサイトをリニューアルしているし、スマホアプリも現代的で高いクオリティであるので、「時代遅れ」と一括りにしてはいけないか。

それ以外は悲惨なものだ。

「響ラジオステーション」は、Webサイトこそ現代的なデザインだが、アプリの出来が良くない。「アニメイトタイムズ」はまだやってたのか?ってくらい影が薄い(自分が聞いてる番組がないだけで、もしかしたら実際のリスナー数は多いのかも。だが配信中の番組数は非常に少ないのでこの認識は間違ってないと思う)。

ニコニコ動画」で配信するラジオは、もう1万再生も見込めなくなっている。だが、ニコニコには「ニコニコチャンネル」という会員システムがあるため、再生数が多くつかなくても続けるメリットがあるだろう。ただし、Youtubeメンバーシップがここ2年位で広まっているので、この状況もじきに変わるかもしれない。

で、問題の「文化放送A&G+」。ここはもう10年くらい時が止まっているんじゃないかというくらい進化がない。2020年にようやくFlashから脱却できたが、その際リニューアルされたWebサイトは関係者の多くから「見づらい!」と文句を言われる始末。スマホアプリに至っては最新のOSではもう碌に動かない。

アニラジYoutubeポッドキャスト移籍

1リスナーに過ぎない私ですら、配信プラットフォームが老朽化でアニラジリスナーが減少している現状に危機感を覚えているのに、ラジオ制作者がそう思っていないわけがない。「セカンドショット」「声優グランプリ」は、Youtubeに活路を見出し、成果が出始めている。

特にセカンドショットが運営するYoutube「セカンドショットチャンネル」はアベレージで3万再生以上がつく「たかにしや」を筆頭に、人気番組を育てられている印象。

Spotifyで配信されていた「呪術廻戦 じゅじゅとーく」は、相当リスナーがいたと聞く。現在は「劇場版呪術廻戦0」に合わせて緒方恵美をパーソナリティに迎えて「じゅじゅとーく0」を配信中。って緒方恵美さんがパーソナリティやってるのか……巨大テック企業の資本は半端じゃないな……

私なんかはスマホを触る時間よりPCを触る時間のほうが長いので、ラジオはほとんどPCで聞くのだが、今どきのアニメ・声優ファンをラジオに誘導するには、「スマホで聞きやすい」ことがマストだろう。

そういう点でいうと、文化放送の体たらくは目に余る。地上波ラジオ局はお金がないというのはわかる。だが、いち文化放送リスナーとして、今後とも末永く文化放送を聞き続けられるように、スマホユーザーがまともにA&G+を聴ける環境を整えてくれることを切に願う。

まとめ

文化放送への愚痴ばかりになってしまった……

こう、アニラジへ悲観的な話ばかりしてしまったが、アニラジという文化がなくなるとは思っていない。

人間に「人と人が会話しているのを聞いていたい」という根源的な欲求がなくならない限りラジオは無くならないはずだし、アニメという文化が淘汰されない限りアニラジもまた無くならないはずと思っているからだ。今後もアニラジは形を変えて、続いていくのだろう。

以上、鷲崎さんの自著から受け売りのセリフを拝借して締め。「その2」を書けそうにない締めにしちゃったなあ。

おまけ

www.joqr.co.jp

……頼んだぞ文化放送

2021/11/05 久々の更新

少し思うところがあり、雑記ブログを久々に更新。

技術ブログもすっかり更新が止まってしまっているが、これはやってることが表に出せない事ばかりなので仕方ない。ネタ自体はたくさんあるのだが……いつかまとめて出せるといいなあ。

ここ最近の趣味

最近、というか、某感染症対策でStay Homeが声高に叫ばれるようになった2020年春頃から、以前にも増してラジオを聞くようになった。聞くのはやっぱり「アニラジ」。特に鷲崎健さんがパーソナリティの番組を大体聞いてる。いや、響でチバショーとやってる番組や、思春期、スタイルモードは聞いてないから大体は嘘か。

それでも時間がたっぷりあった学生時代よりは多くラジオを聞くようになったのは、社会人として給料をいただけるようになったからだと思う。鷲崎さんの出ている番組の多くは、チャンネル/プレミアム会員制度を導入している。学生時代はその会員をケチっていたが、それくらいは払えるお給料をいただけている。

お気に入りは、ヨルナイト水曜とグレパ。

ヨルナイト水曜は、「青木佑磨とは一体誰なんだ?」という理由から存在を認知していたにも関わらず、長らく聞いていなかった。いざ聞いてみるとこれが面白いのなんの。令和の時代にやるネタじゃないだろというディープな笑いがあり、今私が聞いている鷲崎さんのラジオでは、一番「ラジオ」していると思う。こういう話が出来る大人になりたかった。

グレパはとにかく藤田茜さんが聞き上手で、安定して聞いていられる。ヨルナイト水曜のような爆発力はないが、確かに面白いラジオだ。仕事中に聞き流すのにちょうど良いラジオである。

で、この先このブログはどうするの?

このブログの今後の運用だが、まだ何も決めていない。今こうして筆を取っているのも、深夜の手持ち無沙汰を紛らわすためで、別に何か書き留めたいことがあったからではない。こう特に書くことを決めずにつらづらと文章を書くのは好きだから、書いてるのだ。

今後書くとしたら、こんな調子でテキトーな、誰も見ないような日記だったり、書評だったり、イベント参戦記録だったりするだろう(技術ネタは技術ブログの方でやる)。もしこのブログを見ている方がいたら、特に期待せず、お付き合いください。

以上。駄文失礼しました。

中学時代に国語辞典の呪いから抜け出せなくなった話

中学時代、一番読んだ本は何?と聞かれたら、国語辞典と即答する。

常にノートとペンを持ち歩き、先生や友人との会話で知らない言葉が出てくればノートにメモ、小説を読んでいる時にも知らない言葉があればメモ。テレビを視聴している時に知らない言葉が出ればそれもメモ。そして、昼休みか家に帰ってから、そのノートに書いた言葉を国語辞典で調べる。

何がきっかけでこんなことを始めたのかは覚えていないが、一時期の私は、病的なほど知らない言葉をメモして、国語辞典で引いていた。メモするノートに書く言葉の数は日に日に増え続け、酷いときは1日でB5ノート1ページ分びっしり埋まっていた。

我ながら、中学生の持つ習慣としては中々知的だったと思う。しかし、当時の私は極端に走りすぎていた。

まず、授業中に知らない言葉ノートを取ることに夢中になっていたら、肝心の板書をノートに写すのがおろそかになった。次に、体育の授業を始めとする、物理的にノートを持ち込めないような時に知らない言葉を見つけると、後でそれをメモするために、本業そっちのけで脳内でそのワードを反復させるようになった。

本来やらねばならないことを忘れ、「この言葉を調べなければならない、調べなければ気がすまない」と思うようになっていた。振り返ってみると、あれは呪いのようなものだった。


どうしてこんなことを始めたのか、正確なことはもう覚えていない。推測に過ぎないが、こんなことを始めた原因は、当時小説家になりたいと思っていたことなんじゃないかと思う。小説家になるためには語彙力がなければならない→語彙を増やしたい→知らない言葉は全て調べよう、こんな考えで、知らない言葉を調べるようになったのだろう。

でもそんなのは建前の理由。本当は語彙力のある大人がかっこいいと思ったからなのだと、今は思う。

人事の超プロが明かす評価基準を読んだ & 近況あれこれ

こちらの記事で紹介されていた『人事の超プロが明かす評価基準』を読んだ。普段ならタイトルを見ただけで即買わないと決めるタイプの本なのだが、最近は食わず嫌いせずいろんなジャンルに手を出そうと考えているので買った。

人事の超プロが明かす評価基準 (単行本)

人事の超プロが明かす評価基準 (単行本)

  • 作者:西尾 太
  • 発売日: 2015/11/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

この本では、人事目線での社員の評価基準の根底にあるものは「影響力」と語っている。これには非常に納得がいった。

自分は先月ようやく社会に出たばかりの若輩だが、学校やアルバイト等で能力の割に不当に評価が低い人、逆に能力はそこまで高くないのに上司(学校なら先生)からの評価が高い人というのは見てきた。なぜ実力と評価の間にミスマッチが起きていたのか、今考えてみると、彼ら自身の「影響力の見せ方」が理由だったのだなあと。「伝えなきゃ、伝わらない」ことはここにもあった 。

エンジニアの場合で考えると、シニアエンジニアは高い技術力をもってして多くの人に影響を与えられるアウトプットが出せるからその地位であることを認められているのだと思う。ってこの辺りの話前の記事でも書いたな……

ai-gaminglife-black.hateblo.jp

フリーランスとしてやっていくのなら、技術力という鈍器で殴って影響力をアピールしていくのもいいのかもしれない。とはいえ社会は人間関係の連続であるから、今ゲーム会社の一新入社員という立場でいる以上、「俺はこんなに出来る奴ナンダー」って人に嫌悪感を抱かせるようなやり方はすべきじゃないと改めて感じた。まぁ当面はフリーランスになる……なんて考えていないし、そもそも鈍器といえるほどの技術力はもってない。人との関係の中で、より多くの巻き込んで上にいけるような影響力をもったエンジニアになっていきたい。

ただ……リモートワークだと自分の影響力を拡大していくのも難しいよな、と思っている。コロナ騒動の影響で弊社ももれなく「当面の間リモートワーク」となっているのだが、リモートで研修を一緒に受けた同期と、研修担当の上司以外の会社メンバーとどう関係を築けばいいのか悩んでいる。リアルで平日毎日顔を合わせていれば「なにか仕事くださいー」とか、「ここ教えて下さいー」などの飛び道具は使いやすいのに、内定式で一度顔を見ただけな上司に飛び道具を投げるのは、些か気が引ける。まぁまだ社会人生活、リモートワーク生活は始まったばかりなので今後この考えは変わりそう。

さて明日から仕事だー。

ジュニア開発者とシニア開発者の差とは

新型コロナウイルスの影響で、弊社もご多分に漏れず完全リモートワーク(といってもまだ研修期間だが)となっている。その影響で出勤時間がゼロとなり、朝夜にゆっくり自分の勉強をする余裕が取れるようになった。

で、最近はMedium(日本で言うところのNoteのようなブログサービス)で英語の記事を読んで、英語の勉強をしている。ただし英語力はまだまるで不足しているので、DeepL翻訳をフル活用して読んでいる(この辺りの英語記事を読むためのワークフローはいずれ本ブログで書きたい)。

今日読んだのはこちらの記事。

medium.com

「ジュニア・ミドル・シニア開発者の間の違い」。これがまぁいい記事だった。以下本記事中から引用。

Junior developers write fancy code. You can recognize the junior developer by quirky one-liners and overly complex abstractions. This is the junior developer's way of showing off and letting the other developers know how good they can code. And it’s wrong.

ジュニア開発者は派手なコードを書く。ジュニア開発者は、風変わりなワンライナーや過度に複雑な抽象化で見分けることができます。これはジュニア開発者が自分がどれだけ優れたコードを書けるかをアピールし、他の開発者に知ってもらうための方法です。そして、それは間違っています。 (翻訳: DeepL翻訳)

すげー心当たりがある。デザインパターンやらC++テンプレート黒魔術を覚えたばかりの頃は、それが良いソリューションであるかを深く検討することなく、「俺はこんな高度な事を知っているんだ!」と自慢したいだけのために、それらを使ってしまっていた。

最近になって小難しいテクニックや設計技法は、それが「自分にとって」可読性・拡張性を落とさないかを慎重に検討した上で使うようになった。が、これでもまだ甘いなと。今後会社という組織に属してコードを書くことになる以上、コーディングの際は「今の同僚にとって」、「将来同僚になるかもしれない人にもとって」可読性・拡張性の高いコードを書く意識をつけるべきだと感じた。

本記事は他にもさまざまな視点からジュニア開発者とシニア開発者の違いを語っており、将来シニア開発者となるための助言を授けてくれる。新人研修中の今の時期に、こうした記事に出会えたことは幸運だった。5年・10年後に、この記事を読んだらどんな感想を持つだろうか。願わくはその頃に、ジュニアを卒業し、大きな責任が伴う仕事を任せてもらえる人材になってるといいが。

最後にもうひとつ、本記事中から引用をば。

I’ll leave you with a quote from Martin Fowler: “Any fool can write code that a computer can understand. Good programmers write code that humans can understand.”

マーティン・ファウラーの言葉を 残しておきましょう "どんなバカでもコンピュータが理解できるコードを書くことができる。優秀なプログラマーは人間が理解できるコードを書く"